大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(ワ)13428号 判決

原告

甲野一郎

林夏実

中川孝志

実方藤男

永井清

乙川祥子

被告

東京拘置所長

中間敬夫

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右両名指定代理人

門西栄一

外四名

主文

一  原告甲野一郎の被告東京拘置所長に対する訴えを却下する。

二  原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告東京拘置所長(以下「被告所長」という。)が、原告甲野一郎(以下「甲野」という。)に対し、昭和六二年四月二三日付けでした書籍「ニーチェ」の閲読不許可処分を取り消す。

2  被告国は、原告甲野に対して三五万円、同林夏実(以下「林」という。)に対して一五万円、同中川孝志(以下「中川」という。)に対して一〇万円、同実方藤男(以下「実方」という。)に対して一五万円、同永井清(以下「永井」という。)に対して一五万円、同乙川祥子(以下「祥子」という。)に対して二〇万円を、また、各原告に対してそれぞれ右の各金員に対する昭和六二年九月二日(ただし、原告祥子に対する関係では同年一一月一日)から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 原告甲野の後記請求原因記載の本件不許可処分の違法を理由に被告国に対して損害賠償を求める訴え及び同祥子の被告国に対する訴えを除き、原告らの被告らに対するその余の訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案に対する答弁

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らの地位等

原告甲野は、昭和五七年九月二二日から、乙川二郎(以下「乙川」という。)は、昭和五〇年七月一六日から、いずれも刑事被告人として東京拘置所に収容されていた者である。なお、乙川については、同六二年三月二四日に無期懲役刑の判決が確定し、四月二八日から同拘置所において右懲役刑を受刑中である。

原告林、同中川、同実方及び同永井は、いずれも東京拘置所に在監中の刑事被告人等の支援を目的として結成された「乙川二郎さんを支える会」(以下「支える会」という。)の構成員であり、通信誌の編集発行等の支える会の活動に従事している者である。

原告祥子は、昭和六一年一月二七日に婚姻の届出をした乙川の妻である。

2  被告らの不法行為等

(一) 「ニーチェ」の閲読不許可処分

(1) 昭和六二年四月二〇日、原告祥子は、東京拘置所在監中の乙川及び原告甲野に対して書籍「ニーチェ」(岩波新書)を差し入れた。

これに対し、被告所長は、乙川及び原告甲野に対し、右書籍の内容中のドイツ語による記載部分二箇所計一六行について翻訳料を支払うのでなければ、右の部分を抹消しない形での右書籍の交付をしないとの告知をし、右両名が右翻訳料の支払に同意しなかったところ、同年四月二三日、右両名に対し、右書籍の閲読を不許可としこれを領置するとの処分(以下「本件不許可処分」という。)を行った。

(2) しかし、拘置所の在監者に対しても、憲法一九条の保障する思想及び良心の自由の一内容としての図書購読の自由が認められるべきであり、その図書を閲読させることが拘置所における拘禁及び戒護上の危険を招くことが明らかであるという場合でない限り、図書の閲読を不許可とすることは許されないものというべきである。ところが、右図書の閲読については、何ら右のような事情は認められない。また、そもそも在監者の閲読する図書について検閲を行うことは、憲法二一条二項により許されないものというべきであり、更に、外国語の図書について、その翻訳料を在監者に負担させるべき法令上の根拠も存在しない。

したがって、被告所長のした本件不許可処分は、思想及び良心の自由を保障した憲法一九条の規定、表現の自由を規定した憲法二一条の規定、学問の自由を保障した憲法二三条の規定、国民の生存権を保障した憲法二五条の規定、財産権を保障した憲法二九条等の規定に違反する違法なものである。

(3) 被告所長の違法な本件不許可処分によって、原告甲野は多大な精神的苦痛を被り、また、同祥子は書籍の差し入れを通じての右両名との交流の機会を奪われ、特に夫である乙川との間では、物品の差し入れという限られた方法によってしか行えなくなっている夫婦としての交流の機会を奪われることによって多大の精神的苦痛を被ることとなった。これらの苦痛に対する慰藉料の額は、右原告両名について各二〇万円を下らないというべきである。

(二) 通信誌「むぐんふぁ」一二号の記事抹消処分

(1) 昭和六一年七月一四日ころ、原告林、同実方及び同永井は、同原告らが編集、発行した支える会の通信誌「むぐんふぁ」一二号を、東京拘置所在監中の乙川及び原告甲野に差し入れた。

これに対し、被告所長は、右通信誌の一〇ページ掲載の記事全文を抹消して、これを同年七月一六日に乙川に、同月一九日に原告甲野に、それぞれ交付した(以下、被告所長のした右処分を「本件抹消処分(一)」という。)。

(2) しかし、この抹消処分も、前記の本件不許可処分と同様、憲法一九条、二一条、二三条、二九条等の規定に違反する違法なものである。

(3) この被告所長の違法な抹消処分によって、原告甲野、同林、同実方及び同永井は、いずれも多大の精神的苦痛を被ったが、その苦痛に対する慰藉料の額は各五万円を下らないものというべきである。

(三) 通信誌「むぐんふぁ」一八号の記事抹消処分

(1) 昭和六二年四月二〇日、原告林、同中川、同実方及び同永井は、原告祥子に委託して、前同様の通信誌「むぐんふぁ」一八号を、東京拘置所在監中の乙川及び原告甲野に差し入れた。

これに対し、被告所長は、右通信誌の四ページ下半分掲載の記事を抹消して、これを同年四月二二日に原告甲野に、同月二三日に乙川に、それぞれ交付した(以下、被告所長のした右処分を「本件抹消処分(二)」という。)。

(2) しかし、この抹消処分も、前記の本件不許可処分と同様、憲法一九条、二一条、二三条、二九条などの規定に違反する違法なものである。

(3) この被告所長の違法な抹消処分によって、原告甲野、同林、同中川、同実方及び同永井は、いずれも多大の精神的苦痛を被ったが、その苦痛に対する慰藉料の額は、各五万円を下らないものというべきである。

(四) 信書の発送遅延

(1) 被告所長は、乙川が原告林宛に昭和六一年一〇月二六日午前八時に出した信書(葉書)の投函を同月二七日まで、同中川宛に同年一〇月六日午前八時に出した信書の投函を同月七日まで、同実方宛に同年一二月二六日午前八時に出した信書(葉書)の投函を同月二七日まで、同永井宛に同年一二月一五日午前八時に出した信書(葉書)の投函を同月一六日まで、それぞれ遅延させた。

また、被告所長は、原告甲野が同林宛に昭和六一年一月一九日に出した信書の投函を同月二一日まで、同中川宛に同年一月一九日に速達で出した信書の投函を同月二〇日まで、同実方宛に同年四月一五日に出した信書(葉書)の投函を同月一六日まで、それぞれ遅延させた(以下、これらの信書の投函を「本件信書の発送」という。)。

(2) 東京拘置所においては、午前中に受け付けた信書については、午前中に検閲を終えて昼過ぎにはこれを投函、発送し、午後三時の発信締切時間までに受け付けた信書については、その日の夕方までに検閲を終えてこれを投函、発送するという扱いになっており、現に他の在監者の出した信書については、そのような方法による発送が行われている。

したがって、被告所長による原告甲野及び乙川の信書の発送の右のような遅延は、右両名のみを不利益に扱う差別待遇であり、監獄法施行規則一三六条に違反するばかりでなく、憲法一一条、一三条、一四条、一九条、二一条等の規定に違反する違法なものである。

(3) 被告所長のこの違法な信書の発送の遅延によって、原告甲野、同林、同中川、同実方及び同永井は、いずれも多大の精神的苦痛を被ったが、その苦痛に対する慰藉料の額は、各五万円を下らないものというべきである。

3  原告らの請求

よって、原告甲野は、被告所長に対し、本件不許可処分の取消しを求め、また、各原告らは、被告国に対し、国家賠償として、前記の各慰藉料とこれに対するいずれも本件訴状送達の日の翌日から支払済みまでの間の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告らの本案前の主張

1  被告所長に対して本件不許可処分の取消しを求める訴えの適否

拘置所在監者に対する図書閲読不許可処分の法的効果は、監獄の長とその監獄の在監者という身分関係の上においてのみ成立、存在するものであり、移監その他の理由により右のような身分関係が消滅すれば、当然にその効力は失われるものである。

ところが、原告甲野は、平成二年五月三一日に東京拘置所から岐阜刑務所に移監され、同原告について、被告所長とその監獄の在監者という身分関係は消滅するに至った。そうすると、これによって本件不許可処分の効力も失われるに至ったものというべきであるから、現時点において被告所長に対して本件不許可処分の取消しを求める同原告の本件訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものとして、却下されるべきである。

2  被告国に対して損害賠償の支払いを求める訴えの適否

本件では、行政処分の取消訴訟に原告祥子を除くその余の原告らの被告国に対する損害賠償請求訴訟が併合して提起されたものであるが、右のような形での訴えの併合提起が許されるためには、両者の請求に関連性があることに加えて、当該行政処分の取消訴訟が、その訴え提起の時点において適法なものであることが必要である。

ところで、本件では、被告所長に対して本件不許可処分の取消しを求める行政処分の取消訴訟のうち、右訴え提起の時点で適法であったのが原告甲野の訴えのみであることは、前記のとおりである。しかも、右原告らの被告国に対する損害賠償請求のうち、右原告甲野の本件不許可処分の取消しを求める請求と関連性を有するのは、同原告が右不許可処分の違法を理由として被告国に対して損害賠償を求める請求だけであり、その余の請求がいずれも右取消請求と関連性を有しないものであることは、原告らの主張内容からして明らかである。

そうすると、原告らの被告国に対する各損害賠償請求の訴えのうち、原告甲野の本件不許可処分の違法を理由とする訴えの部分及び同祥子の訴えを除くその余の訴えは、いずれも不適法なものとして、却下されるべきである。

三  請求原因に対する被告の認否

1  請求の原因1の事実中、原告甲野及び乙川に関する部分は認めるが、その余の原告に関する部分は知らない。

2  同2の(一)の事実中、(1)の事実は認めるが、(2)から(4)までの主張は争う。

3  同2の(二)の(1)の事実中、昭和六二年七月一五日に乙川に対し、同月一六日に原告甲野に対し、それぞれ通信誌「むぐんふぁ」一二号が乙川正博から郵送で差し入れられたこと、被告所長が、その一〇ページに記載された記事一箇所を抹消した上、乙川には同月一七日、原告甲野には同月一九日に、それぞれ右通信誌を交付したことは認めるが、その余は知らない。

同(2)及び(3)の主張は争う。

4  同2の(三)の事実中、(1)の事実は認める。ただし、原告祥子が右通信誌を差し入れたのは、昭和六二年四月一七日である。

同(2)及び(3)の主張は争う。

5  同2の(四)の(1)の事実中、原告ら主張の各期日に乙川及び原告甲野が信書の発信を出願し、これを被告所長が原告ら主張の各期日に投函したことは認める。ただし、昭和六一年一〇月二七日に原告林宛に投函された乙川の信書の発信の出願日は同月二五日である。その余の事実は争う。

同(2)及び(3)の主張は争う。

四  本件不許可処分の経緯等に関する被告らの主張

1  未決勾留者の図書閲読の自由等に対する制限の許容性

(一) 未決勾留は、刑事訴訟法の規定に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として、被疑者又は被告人の居住を監獄内に制限する措置であるから、勾留による被拘禁者は、その限度で身体的行動の自由を制限されるのみならず、右のような勾留の目的達成のために必要かつ合理的な範囲において、その他の行為の自由をも制限されることを免れないものというべきである。

また、監獄が多数の在監者を外部から隔離して収容する施設であり、そこでは、限られた設備、職員で在監者を集団として管理していかなければならず、その管理運用に当たって在監者が平穏かつ円滑に所内での生活を営んでいけるように内部の規律及び秩序を維持していく必要があることからすれば、そのために必要かつ合理的な範囲において、在監者の身体的行動の自由やその他の自由に対する一定の制限が加えられることも、当然のことといわなければならない。

すなわち、未決勾留により監獄に拘禁されている者については、図書等の閲読、信書の発受、物品の授受等について、右のような勾留の目的の達成や施設内の規律及び秩序の維持のために必要とされる限度で、一定の制限を受けることもやむを得ないものとされているのであり、そのような観点から、監獄の長が在監者の図書の閲読等を許可するか否かの判断を行う前提として、その図書等の検閲を行うことも、憲法上当然に許容されているものといわなければならない。

(二) 在監者の図書の閲読については、監獄法三一条及び同法施行規則八六条の規定に基づく「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」(昭和四一年一二月一三日矯正甲第一三〇七号法務大臣訓令、以下「取扱規程」という。)及び「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程の運用について」(昭和四一年一二月二〇日矯正甲第一三三〇号矯正局長依命通達、以下「運用通達」という。)により、「罪証湮滅に資するおそれのないもの」、「身柄の確保を阻害するおそれのないもの」及び「紀律を害するおそれのないもの」の三要件を充たすものについて、その閲読を許可することができるものと定められている(取扱規程三条一項、運用通達記の二の1の(一))。また、右三要件に該当しない文書図画は閲読を許可できないこととなっているが、文書図画全体を一律に閲読できないとすることは妥当でなく、できるだけ閲読を許すように配慮すべきであるとの観点から、支障となる部分を抹消又は削除して閲読を許すことができるものとされている(取扱規程三条五項、運用通達記の二の2)。

更に、外国語の図書については、翻訳を介しなければ右閲読許可基準に合致する図書であるかどうかの判断ができないことから、「外国文の看読書籍の翻訳料について」(昭和三六年八月一八日矯正甲第七一八号矯正局長通牒、以下「通牒」という。)において、在監者の自弁又は差入れに係る外国語の図書の検閲のための翻訳費用は、すべて本人に負担させるべきであり、本人に費用を負担する能力がなく、又はその負担に応じない場合には、その図書の閲読を不許可として差し支えないものとされている。

2  原告甲野及び乙川の行状等

原告甲野及び乙川は、いずれも、海外進出企業等に対して爆弾による爆破闘争を行うことを企図する「東アジア反日武装戦線」と称する団体の構成員で、昭和五〇年二月二八日に発生した間組本社ビル爆破等のいわゆる連続企業爆破事件の被疑者として警視庁に逮捕され、その後爆発物取締罰則違反及び殺人未遂の罪によって起訴され、原告ら主張のとおりいずれも刑事被告人として東京拘置所に収容されるに至った。

乙川は、東京拘置所の在監者の一部によって組織された監獄の解体等を標榜する「獄中者組合」等と称する組織の会員であり、これらの組織に加入している他の在監者及び外部の支援者らとともに、いわゆる対監獄闘争を行い、その闘争の一環として、東京拘置所に収容された昭和五〇年七月一六日から無期懲役刑が確定して宮城刑務所に移送される同六二年六月三〇日までの間に繰り返し大声、職員傷害等の規律違反行為を行い、懲罰を科されていた者である。

また、原告甲野も、右「獄中者組合」等の組織の会員であり、乙川と同様にいわゆる対監獄闘争を行い、その一環として、東京拘置所に収容された昭和五七年九月二二日から懲役一八年の刑が確定して岐阜刑務所に移送される平成二年五月三一日までの間に、繰り返し大声、ハンスト等の規律違反行為を行って、懲罰を科されていた者である。

3  書籍「ニーチェ」の閲読不許可処分(本件不許可処分)の正当性

昭和六二年四月二〇日に原告祥子から乙川及び原告甲野に差し入れられた書籍「ニーチェ」について、東京拘置所でその内容を審査したところ、その中にドイツ語で記載された文章を写した写真が二枚あり、そのドイツ語文の翻訳をしないとその内容が分からず、右書籍が前記のような基準に照らして閲読を許可できるものか否かの判断ができなかった。

そこで、同所では、当該写真の中に記載された計一六行のドイツ語文の翻訳を右両名が自費で行うかその部分の抹消に応じなければ、右図書の閲読を許可しないこととし、乙川には同月二一日、原告甲野には同月二二日、その旨を告知した。ところが、右両名は、その部分の自費翻訳と抹消のいずれにも応じなかったため、東京拘置所では、右書籍の閲読を許可せず、これを右両名の領置物として領置したのである。

したがって、被告所長のした本件不許可処分には、何ら違法不当な点はない。

4  通信誌「むぐんふぁ」一二号の記事抹消処分の正当性

乙川正博から、乙川に対して昭和六二年七月一五日に、原告甲野に対して同月一六日に、それぞれ差し入れられた通信誌「むぐんふぁ」一二号について、東京拘置所でその内容を審査したところ、その一〇ページにペルーにおける監獄暴動についての記述があり、その内容が、暴動により四〇〇人ものゲリラが殺害されたこと、施設内でゲリラが小社会を形成し、中庭に指導者の旗を掲げていたこと等の、行刑施設内における規律及び秩序を否定するようなものであり、その記事を右乙川及び原告甲野に閲読させることは、同人らの前記のような行状に照らして、東京拘置所の管理運営上支障があるものと判断された。

そこで、同所では、右の部分の閲読を許可しないこととし、乙川には同月一七日、原告甲野には同月一九日、それぞれ右部分を抹消した上で、右通信誌を交付したものである。

したがって、被告所長のした右抹消処分には、何ら違法不当な点はない。

5  通信誌「むぐんふぁ」一八号の記事抹消処分の正当性

昭和六二年四月一七日に原告祥子から乙川及び原告甲野に差し入れられた通信誌「むぐんふぁ」一八号について、東京拘置所でその内容を審査したところ、その四ページ目に、同月四日に乙川らの外部支援団体である獄中者組合の組合員らがシュプレヒコールを繰り返しながら、デモをした状況を記載した「4.4集中面会・対東拘闘争のこと」と題する文章が掲載されていた。東京拘置所では、昭和四〇年代から五〇年代にかけて、獄中者及び獄外の支援者が相呼応して行う過激な対監獄闘争により、施設の運営管理に多大の支障と影響を受けてきた。本件当時、獄中者らの規律違反行為等の件数は減少していたものの、右の記事を右乙川及び原告甲野に閲読させることは、獄中者らの前記のような従前の行状等に照らして、獄中者組合の同拘置所に対する抗議行動に同人らが同調して規律違反行為を再燃化させる契機となることが予測され、東京拘置所の管理運営上支障があるものと判断された。

そこで、同所では、右の部分の閲読を許可しないこととし、乙川には同月二二日、原告甲野には同月二三日、それぞれ右の部分を抹消した上で、右通信誌を交付したものである。

したがって、被告所長のした右抹消処分には、何ら違法不当な点はない。

6  信書の発送手続の正当性

乙川及び原告甲野の発信出願に係る各信書については、いずれもその出願の翌日又は翌々日には投函が行われている。

在監者の信書の発受については、監獄法五〇条及び同法施行規則一三〇条一項により、検閲を行うべきこととされているが、東京拘置所では、在監者からの信書の発信出願を受け付けるのは原則として平日の午前八時から午後三時までの間としており、信書の検閲を担当する書信係の検閲業務は、可能な限りその日の内に終わらせるようにしている。ただ、特に外部交通の状況に注意を要する在監者の信書や、書信係での検閲の結果、記載内容に支障があり削除、抹消等の制限をする必要があると認められた信書については、その他の信書の場合にはその投函が出願の当日に行われる例が多いのに対して、その投函が出願の翌日になる例が多くなっているが、これは上位の職員の決裁が必要となるためであって、やむを得ないことである。

本件の各信書は、いずれもその発信出願後右のような信書の検閲に要する合理的かつ相当な範囲の期間内に投函されており、その手続については、何ら違法不当な点はないものというべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本案前の主張に対する判断

一被告所長に対して本件不許可処分の取消しを求める訴えの適否

原告甲野が昭和五七年九月二二日から刑事被告人として東京拘置所に収容されていたこと、被告所長が昭和六二年四月二三日に原告甲野に対し本件不許可処分をしたことについては、当事者間に争いがない。

ところで、証人富山聡の証言、原告甲野の本人尋問の結果及び〈書証番号略〉によれば、原告甲野は、刑事裁判の確定に伴い、平成二年五月三一日、東京拘置所から岐阜刑務所に移監されたことが認められる。

そもそも、在監者に対する図書閲読不許可処分は、監獄の長とその監獄の在監者という身分関係の上においてのみ成立するものであるから、移監により右の身分関係が消滅すればその効力も消滅するものと解される。したがって、原告甲野は、東京拘置所から岐阜刑務所に移監されたことにより、本件不許可処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を欠くに至ったものというべきであるから、原告甲野の本件不許可処分の取消しを求める訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものとして却下すべきこととなる。

二被告国に対して損害賠償の支払いを求める訴えの適否

被告は、行政処分の取消請求訴訟に原告祥子を除くその余の原告らの被告国に対する損害賠償請求訴訟を併合して提起された昭和六二年(行ウ)第九五号事件について、右原告らの被告国に対する損害賠償請求訴訟のうち、原告甲野の本件不許可処分の違法を理由とする損害賠償請求訴訟を除くその余の損害賠償請求訴訟は、いずれも不適法なものである等と主張する。

しかしながら、行政処分の取消請求訴訟と損害賠償請求訴訟とが併合して提起された場合において、当該損害賠償請求訴訟が行政事件訴訟法にいう関連請求の要件を欠いたり、あるいは、併合して提起された行政処分の取消請求訴訟が不適法であったとしても、当該損害賠償請求訴訟について独立に訴えの適法要件が備わっているときには、当該損害賠償請求の併合が右行政処分の取消請求と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らこのような併合審判を受けることを目的としてされたものと認められるような特別な事情がある場合を除いては、このことによって損害賠償請求訴訟が不適法となると解すべき根拠はないものというべきである。そして、本件損害賠償請求訴訟について、右のような特別な事情があるものとは認められない。

そうすると、本件損害賠償請求訴訟は適法なものというべきであり、また、当裁判所の管轄に属するものであるから、当裁判所としては、これを独立の訴えとして扱って、これに対する審理、判断を行うべきこととなる。

第二被告国に対して損害賠償の支払いを求める訴えの当否

一被告所長が原告らが主張する本件不許可処分、本件抹消処分(一)、同(二)及び本件各信書の発送を行ったことについては、当事者間に争いがない。

二そこで、未決拘禁者である乙川及び原告甲野に対して被告所長がしたこれらの処分に違法な点があったか否かについて判断する。

1  未決勾留は、刑事訴訟法の規定に基づき、逃亡又は罪証湮滅の防止を目的として、被疑者又は被告人の住居を監獄内に限定するものであって、未決拘禁者は、その限度で身体的行動の自由を制限されるのみならず、勾留の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲において、それ以外の行為の自由をも制限されることを免れないというべきである。また、監獄内の規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持するために必要がある場合には、未決拘禁者についても、この面からその者の身体的自由及びその他の行為の自由に一定の制限が加えられることはやむを得ないところというべきであり、図書等の閲読の自由の保障についても、これが憲法一九条、二一条の規定の趣旨、目的に由来するものであり、また、憲法一三条の規定等の趣旨に沿うものであるとしても、一定の制限を受ける場合があることもやむを得ないものというべきである。そして、このような自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、右の目的のために制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して判断するのが相当である。

しかも、未決拘禁者は、当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障されるべき者であるから、監獄内の規律及び秩序の維持のために未決拘禁者の図書等の閲読の自由を制限する場合においても、それは、右の目的を達するために真に必要と認められる限度にとどめられるべきであり、右の限度が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、未決拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が生じる蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生防止のために必要かつ合理的な範囲にとどめられるべきものと解するのが相当である。

そこで、このような観点に立って、被告所長のした前記各処分等に違法な点があったか否かについて検討する。

2  本件不許可処分について

(一) 在監者の図書等の閲読について、監獄法三一条二項は、在監者に対する図書等の閲読の自由を制限することができる旨を定めるとともに、制限の具体的内容を命令に委任しており、これに基づき、監獄法施行規則八六条は、その一項において、拘禁の目的に反せずかつ監獄の規律に害のないものに限りその閲読を許すとのその許可基準を定め、更に二項において、監獄の管理運営上の観点からする閲読の制限措置を認めることとしている。また、この規定を受けた取扱規程及び運用通達は、「罪証湮滅に資するおそれのないもの」、「身柄の確保を阻害するおそれのないもの」及び「紀律を害するおそれのないもの」を未決拘禁者に閲読させる図書等の要件として定め、更に、その具体的な運用基準をも設けている(取扱規程三条一項、運用通達記二の1の(一))。そして、この要件に該当しない図書等は未決拘禁者に対しその閲読を許可できないこととされているが、このような図書等であっても、所長において適当であると認めるときは、支障となる部分を抹消し、又は、切り取った上、閲読を許すことができるものとされている(取扱規程三条五項、運用通達記の二の2)。また、外国語の図書等については、通牒において、在監者の自弁又は差入れにかかる外国語の図書につき、その検閲のため翻訳に要する費用はすべて本人に負担させるべきであり、その費用を負担する能力がなく、又は、その負担を肯ぜないときは、図書の検閲ができないから、その閲読を不許可として差し支えないものと定めている。

この点について、原告らは、そもそも在監者の閲読する図書について検閲を行うことは、検閲を禁じた憲法二一条二項の規定に違反して許されず、更に、外国語の図書についてその翻訳料を在監者に負担させるべき法令上の根拠がないと主張する。

しかしながら、前記のとおり、在監者の図書等の閲読の自由が一定の合理的制限を受けることはやむを得ないものといわなければならないし、監獄法自体が在監者の図書等の閲読を不許可とする場合があることを容認している以上、閲読の許可を決するために事前に図書等の内容を検閲することも、その内容と方法が合理的なものである限り、当然の前提として容認されているものといわざるを得ない。

また、図書等の閲読の許否を決するためには、図書等の内容の審査をする必要があるが、外国語の図書の場合には翻訳を経ないとその審査ができないこともいうまでもないところである。前記通牒の定めは、このような場合の措置について定めるものであり、監獄法三一条二項を受けて、監獄の管理運営上の必要からする図書等の閲読の制限について定める監獄法施行規則八六条二項を根拠としその細目を定めたものと解することができるから、法令上の根拠を有するものというべきである。

したがって、これらの点に関する原告らの右主張は採用できない。

(二) 本件不許可処分が行われるに至った経緯等については、前記認定事実に加えて、証人富山の証言、原告甲野の本人尋問の結果、〈書証番号略〉及び適宜該当箇所に掲記する書証によれば、次の事実が認められる。

(1) 昭和六二年四月二〇日、原告祥子が乙川及び原告甲野に対して、単行本「ニーチェ」(岩波新書)各一冊を差し入れたため、東京拘置所の係官がその内容を審査したところ、右図書中にドイツ語で記載された文章を写した写真が二葉あった(いずれもニーチェの自筆の草稿の写真であり、「力への意志」の草稿(〈書証番号略〉)及び「ツァラトゥストラはこう言った」の草稿(〈書証番号略〉)に関するものである。)。

(2) 東京拘置所においては、外国語の図書の閲読については、前記通牒に従った運用をしていたが、更に、取扱規程三条五項の趣旨を踏まえ、記載が外国語によるため審査できない箇所が図書の一部である場合には、自費翻訳に応じない場合であっても、在監者が当該箇所の削除又は抹消に応じれば、その部分を削除又は抹消したうえで、その閲読を許可する取扱いをしていた。

(3) 被告所長は、前記図書中のドイツ語で記載された箇所について、翻訳をしないとその内容が分からず閲読の許否のための審査ができないとして、乙川及び原告甲野に対し、右箇所の翻訳を自費で行うか又は右箇所の抹消に応じなければその閲読を許可しない旨を決定し、乙川には昭和六二年四月二一日に、原告甲野には同年四月二二日に、それぞれその旨を告知した。

しかし、乙川及び原告甲野は、自費翻訳及び抹消のいずれにも応じなかったため、被告所長は前記図書の閲読を不許可とした。

(4) なお、乙川は本件不許可処分に先立ち同一の図書を自費で別途購入した際に前記と同一箇所の抹消に同意してこれを閲読しており、また、原告甲野も昭和六二年五月二八日に原告祥子から再度差し入れられた同一の書籍について同一箇所の抹消に同意してこれを閲読するに至っている

(三) 右認定事実によれば、被告所長は、前記図書中にドイツ語で記載された箇所があり、この箇所を翻訳しなければその内容の審査ができないことから、従来東京拘置所で行ってきた前記通牒等に基づく運用に従い、乙川及び原告甲野に対し、当該箇所の自費翻訳又は抹消に応じる意思があるか否かを確認し、同人らがこれに応じなかったことから、本件不許可処分を行ったものであることが認められる。ところで、未決拘禁者に対する図書の閲読の許否を判断する前提として、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置できない程度の障害が生じる蓋然性が存するか否かを判断するため、図書の内容を審査する必要があり、更に、その図書に外国語で記載された箇所があるときには、これを翻訳しなければその内容の審査ができないことは前記のとおりであるから、乙川及び原告甲野が前記図書中のドイツ語で記載された箇所について翻訳料を負担しないため翻訳ができずその内容の審査ができないことを理由に、被告所長が、前記通牒等に基づく東京拘置所における一般的運用に従い、前記図書の閲読を不許可としたことは、やむを得ない措置であったと考えられる。

もっとも、確かに前記図書は、広く市販されているいわゆる新書本であり、ドイツ語で記載された箇所もニーチェの著名な著作の自筆による草稿の写真であることからすると、前記図書の全体的内容、当該箇所の体裁等からみて、当該箇所の記載内容が監獄内の規律等を具体的に害するおそれがないものであることは自ずから明らかであったものとも考えられるところであり、被告所長のした本件不許可処分はいささか形式的に過ぎる感がないではない。しかしながら、これが東京拘置所における従来の運用に従った取扱いであり、また、前記通牒の定めるところを厳格に順守してなされた措置であることからすると、本件不許可処分を行うについて、被告所長に、未決拘禁者の図書等の閲覧に関する事務を担当する監獄の長として通常要求される職務上の法的義務に違背するところがあったとまですることは困難なものといわざるを得ない。

そうすると、被告所長のした本件不許可処分が憲法一九条、二一条、二三条、二五条、二九条等の規定に違反する違法な処分であるとして損害賠償の支払いを求める原告甲野及び同祥子の請求は、いずれも理由がないものというべきである。

3  本件抹消処分(一)について

(一) 本件抹消処分(一)が行われるに至った経緯等については、前記認定事実に加えて、証人富山の証言、原告甲野の本人尋問の結果、〈書証番号略〉及び適宜該当箇所に掲記する書証によれば、次の事実が認められる。

(1) 乙川正博から、昭和六一年七月一五日に乙川に対し、同月一六日に原告甲野に対し、それぞれパンフレット「むぐんふぁNo.12」各一部が差し入れられた。東京拘置所の係官がその内容を審査したところ、右パンフレットの一〇ページに「ペルー監獄反乱の背景」と題する記事が掲載されており、その内容は、同年六月にペルーで刑務所暴動があり四〇〇人ものゲリラが殺害されたと伝えられていること、ペルーの刑務所においてゲリラが小社会を形成し、施設の中庭にゲリラ組織の旗を掲げ、指導者を讃える歌を歌う等の房内活動をしていること、右ゲリラ組織が極めて過激な活動をしていること等を紹介するものであった(〈書証番号略〉)。

(2) そこで、被告所長は、右記事の内容は行刑施設の規律及び秩序を否定するものであって、これを同原告らに閲読させると東京拘置所の管理運営上支障を生じるものであると判断し、当該箇所の閲読は認めないこととし、乙川には同月一七日に、原告甲野には同月一九日に、それぞれ当該箇所を抹消の上、これを交付した(〈書証番号略〉)。

(二) 右認定事実によれば、右「むぐんふぁNo.12」の「ペルー監獄反乱の背景」と題する記事は、外国の刑務所における暴動という刑務事故及びこれと密接な関係を持つ過激なゲリラ組織の活動という刑務所という行刑施設の管理運営自体を否定するような動向を具体的に伝えるものであり、その内容からして、同原告らにその閲読を許すことによって監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生じる蓋然性があるとした被告所長の判断には、合理性があるものと考えられる。

そうすると、被告所長がした右パンフレットの当該箇所を抹消した本件抹消処分(一)には合理的な根拠があり、かつ、右の該当箇所の抹消という措置も障害発生防止のために必要かつ合理的な措置であるというべきであるから、これを適法なものとして是認すべきことは明らかである。

したがって、被告所長の本件抹消処分(一)が憲法一九条、二一条、二三条、二九条等の規定に違反する違法な処分であるとして損害賠償の支払いを求める原告甲野、同林、同実方及び同永井の各請求は、いずれも理由がないものというべきである。

4  本件抹消処分(二)について

(一) 本件抹消処分(二)が行われるに至った経緯等については、前記認定事実に加えて、富山証人の証言、〈書証番号略〉及び適宜該当箇所に掲記する書証によれば、次の事実が認められる。

(1) 昭和六二年四月一七日、原告祥子から、乙川及び原告甲野に対し、パンフレット「むぐんふぁNo.18」が各一部差し入れられた。東京拘置所の係官がこれを審査したところ、右パンフレットの四ページに「4.4集中面会・対東拘闘争のこと」と題する記事が掲載されており、その内容は、同年四月四日、原告甲野らの外部支援団体である獄中者組合の組合員らが、同拘置所前で横断幕等を用意し、ハンドマイクを用いて同拘置所に対する抗議行動を行ったこと、引き続き右組合員らが「死刑廃止!弾圧粉砕!」等とシュプレヒコールをしながらデモ行進をしたこと等の、同拘置所に対する獄中闘争の状況を伝えるものであった(〈書証番号略〉)。

(2) 被告所長は、乙川及び原告甲野が、対監獄闘争を標榜する統一獄中者組合の中心的メンバーであり、これまで様々な不服申立て行為、規律違反行為等の闘争行為を重ねてきていたこと、右の記事の内容が原告甲野らの対監獄闘争を鼓舞する内容のものと認められること等の事情に照らし、原告甲野らに右記事の閲読を認めた場合、原告甲野らの獄内における対監獄闘争を再燃させ、同拘置所の規律及び秩序に対する侵害行為を引き起こすおそれが強いと判断し、右記事の箇所の閲読を認めないこととし、同月二三日、当該箇所を抹消の上、原告甲野らにこれを交付した(〈書証番号略〉)。

(二) 前記のとおり、図書等の閲読の自由に対する制限が是認されるかどうかは、未決勾留の目的のために制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、具体的制限の態様及び程度等を較量して判断すべきものと解されるところであるが、このような制限措置の当否を具体的に判断するに当たっては、当該図書等の閲読を許すことによって監獄内における規律及び秩序の維持に放置することのできない障害が生ずる蓋然性が存するか否か、これを防止するためにどのような内容、程度の制限措置が必要と認められるかについて、監獄内の実情に通じ、直接その職務に当たる監獄の長による具体的状況のもとにおける裁量的判断にまつべき点が少なくないものと考えられる。したがって、右のような障害発生の相当の蓋然性があるとした監獄の長の認定に合理的な根拠があり、その防止のために当該制限措置が必要であるとした判断に合理性が認められる限り、監獄の長の右措置は適法として是認すべきものと解するのが相当である。

そこで、右のような観点との関連で、被告所長が本件抹消処分(二)を行うに当たり考慮したと考えられる具体的事情について更に詳細にみると、証人富山の証言、〈書証番号略〉及び適宜該当箇所に掲載する書証によれば、次の事実が認められる。

(1) 対監獄闘争は、昭和四〇年代ころから、いわゆる過激派の大量検挙を契機として、救援連絡センター、獄中者生活組合、獄中者組合等と称する団体による組織的な活動として行われるようになり、昭和五〇年ころ、東アジア反日武装戦線を支援する会が獄中者組合の主導権を取ってからは、監獄解体を目指す等の過激なスローガンを掲げ、監獄の内外で連絡を取り合って活発な活動が行われるようになった。この間、東京拘置所においても、獄外では、面会、信書の授受、差入れ等の外部交通手段による被拘禁者への働き掛けのほか、施設に対するデモ、拡声器を使用しての被拘禁者に対する呼び掛け、集中面会等の施設に対する直接行動等の活動が行われ、獄内では、被拘禁者相互の信書の交換等による働き掛け、居房におけるシュプレヒコール、点検拒否、ハンガーストライキ、房扉乱打等の職務執行妨害行為、訴訟、告発等の乱発、所長面接の呼び掛け等の活動が行われ、これらの非合法的な行為あるいはそれ自体は合法的な行為により、収容施設の機能の低下、絶えずこれらの活動に対する対応を迫られる職員の勤労意欲の低下等を生じ、施設の管理運営に多大の支障や影響を与えてきていた(〈書証番号略〉)。

(2) 乙川及び原告甲野は、いわゆる過激派である東アジア反日武装戦線の構成員で、昭和五〇年に起きた間組本社爆破等のいわゆる連続企業爆破事件の被疑者として逮捕され、その後爆発物取締罰則規則違反、殺人未遂等により起訴され、東京拘置所に勾留されていた者であるが、対監獄闘争を目指す団体である「獄中者組合」等の会員として、活発な活動を行っていた。

乙川においては、東京拘置所に収容された昭和五〇年秋ころから本件当時まで訴訟、告訴、法務大臣に対する情願等の不服申立てを頻繁に行い、昭和五七年末ころまでは点検拒否、指示違反、器物損壊等の規則違反行為を繰り返していた。また、昭和五六年ころには、右共同訴訟人の会の規約起草私案を作成するなど対監獄闘争の中心的な役割を果たし、その後も「氾濫ニュース」等の対監獄闘争に関する通信誌において獄中闘争の呼び掛けを行う等の活動をしていた(〈書証番号略〉)。

原告甲野においては、同拘置所に収容された昭和五七年夏ころから所長面接、告訴、訴訟等の不服申立てを頻繁に行い、昭和六〇年秋ころまでは居房内で反日戦線の解放等を求める大声を出したり、ハンガーストライキをする等の規律違反行為を行っていた。また、その後も「氾濫ニュース」等の通信誌において獄中越年闘争の呼び掛けを行う等の活動を行っていた(〈書証番号略〉)。

他方、獄外においても、前記のような対監獄闘争に係る各種活動が行われてきており、昭和六一年から同六二年にかけての本件当時には、昭和五〇年代に比べその活動が沈静化してはきたものの、依然として東京拘置所に対し集中面会、抗議集会等の活動がしばしば行われていた(〈書証番号略〉)。

(3) すなわち、東京拘置所においては、昭和四〇年代から同五〇年代にかけて極めて過激な方針に基づく激しい対監獄闘争が行われ、拘置所の管理運営に現に多大の支障と影響が生じたという事実があったが、その後拘置所側での管理態勢の強化が図られたこともあって、本件当時には、右の時期に比べると対監獄闘争は幾分沈静化する傾向をみせており、乙川及び原告甲野の獄中における活動においても特に顕著な規律違反行動は見られなくなっていていた。しかしながら、本件当時においても、同原告らは、それ自体は合法的な各種の不服申立て行為を頻発し、獄外活動家等に対し対監獄闘争の呼び掛けをする等の活動を続けており、他方、獄外活動家も依然として拘置所に対する各種の抗議行動を継続している状況であった。

(4) 前記「むぐんふぁNo.18」の記事自体は、獄外活動家による東京拘置所に対する抗議行動の状況を若干の所感を加えつつ客観的に記述したものであり、積極的に対監獄闘争の推進を働き掛けるような内容のものとまではいえないものである。しかし、被告所長は、これまでの対監獄闘争の経緯に照らし、本件当時かなり沈静化してきたとはいえ、従前拘置所の運営に多大の支障と影響を与えてきた過激な対監獄闘争が再燃化することを懸念し、また、依然として獄外の活動家と密接な連絡を取りつつ対監獄闘争を続けている乙川及び原告甲野の行状等を考慮し、右記事の内容が原告甲野らの対監獄闘争を激励、鼓舞する働きをし、これが契機となって再度東京拘置所の規律及び秩序に対する侵害行為が惹起される恐れなしとしないとの判断に立って、右箇所を抹消する処分をしたものである。

(三)  右認定事実からすると、東京拘置所においては、獄中者組合による対監獄闘争によって、かつて現実にその管理運営に多大の支障が発生した事実があり、その後拘置所側の努力等によってそのような動きは一応沈静化するに至っていたものの、本件当時においても、なおその再発が懸念されるような状況が残っていたものと考えられるところである。このような状況を前提にして考えると、本件の記事の内容が前記のようなものにとどまるものであっても、なおこれを原告甲野らに閲読させることが東京拘置所の規律及び秩序の維持上放置できないような障害を再度招来することにつながる恐れがあるとした被告所長の判断には、監獄内の実情に通じ、直接その職務を担当する拘置所の長としての判断として、それなりの合理性を否定できない面があったものと考えられる。そうすると、被告所長の右判断には、監獄の長として通常要求される職務上の法的義務に違背するところがあったものとまですることは困難なものというべきである。

したがって、被告所長のした本件抹消処分(二)が憲法一九条、二一条、二三条、二九条等の規定に違反する違法な処分であるとして損害賠償の支払いを求める原告甲野、同林、同中川、同実方及び同永井の各請求は、いずれも理由がないものというべきである。

5  本件各信書の発送について

(一) 在監者の信書の発受について、監獄法四六条一項は、「在監者には信書を発し又は之を受くることを許す」と、同法五〇条は「接見の立会、信書の検閲其他接見及び信書に関する制限は命令を以って之を定む」とそれぞれ規定し、これらの規定を受けて、監獄法施行規則一三〇条一項は「在監者の発受する信書は所長之を検閲す可し」と規定している。これらの規定からすると、拘禁関係の性質に伴う制約に関する措置として、在監者の信書の発受は、監獄の長の許可に委ねられており、信書の検閲の方法もその裁量に委ねられているものと解される。

また、証人富山の証言及び〈書証番号略〉によれば、、東京拘置所では、在監者の信書の発信出願を受け付けるのは原則として平日の午前八時から午後三時までの間とされ、信書の検閲事務は可能な限りその日のうちに終わらせるようにしていること、検閲を終えた信書は所定の決裁終了後に投函されるが、特に外部交通の状況に注意を要する在監者の信書及び記載内容に支障があり抹消等の措置を要する信書については、書信係において上司の決裁を得たうえ投函する扱いが取られていたことが認められる。

(二) 請求原因2(四)(1)のとおり、乙川及び原告甲野が各信書の発信の出願をし、被告所長が各信書の発送をしたことについては、当事者間に争いがない。

(ただし、弁論の全趣旨により、乙川の原告林宛の信書の出願日は、昭和六一年一〇月二六日であるものと認められる。)

右認定事実によれば、乙川及び原告甲野の右各信書はいずれも出願日の翌日又は翌々日に投函されており、証人富山の証言によれば、原告甲野らの右各信書の投函が出願日の翌日又は翌々日となったのは、被告所長において右原告らについては特に外部交通の状況に注意を要するものと判断し、その指示を受けた書信係において上位の職員の決裁を仰ぐ取扱いをしていたことから、その決裁のために前記の時間を要したことによるものであることが認められる。

右のとおり、本件信書の発送については、いずれも東京拘置所における被告所長の裁量に基づく合理性を肯認できる取扱いに従った信書の検閲を行うために、右出願から投函までに通常の処理に必要な時間を要したにすぎず、右取扱いは合理的かつ相当なものというべきであり、何ら乙川及び原告甲野についてのみ不平等な特別の取扱いをしたものとはいえないことが明らかであって、これに違法な点があったものと認めることはできない。

そうすると、被告所長のした本件信書の発送が憲法一一条、一三条、一四条、一九条、二一条等の規定に違反する違法な処分であるとして損害賠償の支払いを求める原告甲野、同林、同中川、同実方及び同永井の各請求はいずれも理由がないものというべきである。

三結局、被告所長の本件不許可処分、本件抹消処分(一)、(二)及び本件信書の発送に違法があるとして国家賠償法一条一項に基づいて被告国に対して損害賠償の支払いを求める原告らの訴えは、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、いずれも失当な訴えとして棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官小池裕 裁判官近田正晴)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例